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大津地方裁判所 昭和35年(レ)11号 判決

控訴人 国

訴訟代理人 藤井俊彦 外二名

被控訴人 山内時造

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金一一、七七〇円及びこれに対する昭和二八年四月一日以降同三〇年一月三一日まで金一〇〇円につき日歩一銭、同年三月一一日以降右支払済にいたるまで年五分の割台による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴はこれを棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。当事者双方の事実上の主張は原判決事実摘示のとおりであるからこれをここに引用する。

立証〈省略〉

理由

被控訴代理人は、本件各金銭消費貸借はいずれも国と被控訴人の代理人訴外野内黎吉との間に成立したと主張し、これに対し被控訴人は右訴外人に対し本件各消費貸借を為すにつき被控訴人を代理する権限を与えたことはないと主張して争うものであるから、まず右訴外人の代理権の有無について判断すると、原審及び当審における証人野内黎吉、原審に於ける証人串田照千代、同山中忠幸、同川中庄吉の各証言並びに原審に於ける被控訴人本人尋問の結果(但し後記一部措信しない部分を除く)を綜合すれば、次の事実が認められる。

即ち、滋賀県栗太郡老上村野路観音堂所在通称玉川開拓地は、もと昭和二一年一月頃訴外野内黎吉の個人事業として開拓が始められ、間もなく被控訴人が右訴外人の使用人としてこれに参加したが、昭和二二年末頃滋賀県当局の行政指導に基き大陸からの帰国者等を迎え入れて任意組合たる老上開拓帰農組合を組織し、被控訴人も組合員となり、右訴外人が代表者となつて以後は同組合が開拓するようになつたものであるが、右のいきさつから同組合の手で開拓が行われるようになつたのちも、その実際上の運営は内部的にもまた対外的交渉等の面でも殆んど右訴外人が掌握していたものであり、土地の開墾或いは附随的に行われた製炭等も共同の農具施設を行い、全て共同作業で行われ、米野菜木炭等生産物の販売供出も共同で行いまたこれによる収益或いは個々の組合員が個人的な出稼等で得る収入等も組合員全員が会計を一つにして全て共同に費消するなど、要するに同組合の生産、販売、消費の全面にわたつて内部的にも一体となり大家族的な共同生活が行われていたのであり、また一般に同組合に対する国からの貸付金は現金で交付されることは殆んどなく県当局がこれをもつて開拓に必要な農耕具、肥科等を購入し、これを交付するかたちをとつていたから、これらの農耕具、肥料等も全て組合員全員によつて共同に使用消費され、これを個々の組合員が各自所有することは行われず、本件各金銭消費貸借の場合もその貸付金は現金で交付されたのではなく、右の如く県当局がこれをもつて購入した農具肥料等を交付する形式で行われ、それらの農具肥料等も組合員全員により共同に使用されたものである。そして右のような運営方法に応ずるため組合員は常時各自の印鑑を右訴外人に預けて国からの貸付その他配給等をうけるにつき右訴外人に代理権を与えておき、右訴外人が貸付、配給をうける際はその都度各組合員の了解を得ることはせず預り保管中の印鑑を用い個々の組合員の代理人となつて行動するのが常態となつていたし、被控訴人も右訴外人に対し常時自己の印鑑を預けておいたものである事実が認められる。

そして右のような事情のもとに、成立に争のない甲第三、第四号証が作成されたのであつて、右甲号各証によれば被控訴人を含む組合員全員が昭和二三年五月二四日本件各貸付と同様の開拓者資金融通法による借入金支払通知書(金券と称する)の受領方を右訴外人に委任した事実が認められ、また甲第一、第二号証の各一(借用証書)の被控訴人名下の印影が右訴外人に預けておいた被控訴人の印鑑で顕出されたものであることは被控訴人の自陳するところであり、これと前認定の諸事実を綜合して考えれば、被控訴人及びその他の組合員は本件各消費貸借を為すについても右訴外人に自己を代理する権限を与えていたものであり、右訴外人は右代理権に基き控訴人からの開拓資金の借入並にこれに伴う借用証書の差入れその他必要な手続等一切を行つていた事実が認められる。そして当審証人野内黎吉の証言と相俟つて真正に成立したものと認められる甲第一、第二号証の各一、二と右証言によれば、訴外野内は被控訴人を代理して開拓者資金融通法に基き控訴人から昭和二三年一〇月一三日金九、四二〇円を昭和二八年四月一日から一五年間の年賦償還の約定で、また昭和二三年一二月二二日金二、三五〇円を昭和二八年四月一日から一五年間の年賦償還の約定で各借受けたことが認められる。

被控訴人はこの点につき、配給物資の受領についてのみ右訴外人に代理権を与えその趣旨で自己の丸型の印鑑を預けたものであり、また本件各消費貸借時以前の昭和二三年六月頃被控訴人は既に開拓をやめていたから本件各貸付をうける理由がなかつたに不拘、右貸付を受けるには多人数名義を必要とすることから、右訴外人に於て右趣旨で保管中の被控訴人の印鑑を流用しその名義を用いて本件各消費貸借をしたに過ぎないと主張する。確かに甲第一、第二号証の各一、二の被控訴人の印影と同第三、第四号証のそれとが別異の印鑑によるものであることは認められるものの、これをもつて既に認定したところを覆えし被控訴人の代理権授権の範囲が配給物資の受領のみに限られていたと認めるには足らず、且つ成立に争のない甲第五号証の各一、二が被控訴人の開拓をやめたと主張する翌年の昭和二四年にいたつて作成されたこと並びに前記証人野内黎吉の証言によれば開拓が思わしく進捗せず生活難のため殆んどの組合員が各自開拓地外に出て稼働することはむしろ通例であつたこと、組合員が組合から脱退するには脱退届を提出するか或いは長期間開拓地を離れて再び復帰の見込がない場合に限り組合を脱退したものとして処理していたこと、然るところ被控訴人は家族共々終始開拓地内に居住して小規模の菜園を作り組合脱退届も提出せず、組合を脱退する旨の格段の意思表示も右訴外人に為さなかつたことが認められるのに徴し、本件各消費貸借時に被控訴人が実質上離農していたとは認められないから、控訴人と被控訴人間の本件各金銭消費貸借成立についての前記認定を左右するものではない。右被控訴人の主張に副う被控訴人本人尋問の結果は未だ措信し得ず他に右認定を動かすに足る証拠はない。

然らば本件各消費貸借は右訴外人が被控訴人を代理して控訴人との間に有効になされたものであることは右認定のとおりであるから、控訴代理人のその余の主張についてはこれを判断するまでもなく被控訴人は本件各消費貸借上の義務を負担すべきものである。

ところで前記証人野内黎吉の証言並びに被控訴人本人尋問の結果によれば右開拓はその業績あがらず、同組合はその後玉川開拓農業協同組合に組織替されたものの組合員も相次いで脱退して事実上消滅のかたちとなり、被控訴人はこのような事情のもとに昭和二八年頃までにその耕作の業を廃したことが認められる。従つて被控訴人は開拓者資金融通法第二条第四号により本件各貸付金及びこれに対する同法施行規則第七条第二項所定の利息を支払う義務を生じたところ、控訴人から被控訴人に対し昭和三〇年二月一六日納入告知書をもつて右金員を同年三月一〇日までに納入すべき旨告知したこと及びこれに対し被控訴人が納入を為していないことは被控訴人の明らかに争わぬところであるから、被控訴人は本件各貸付金合計一一、七七〇円及びこれに対する右開拓を廃した昭和二八年の四月一日以降右右納入告知の為された前月末たる昭和三〇年一月三一日まで前記規則第七条第二項所定の金一〇〇円につき日歩一銭の割合による別息並びに右納入期限の翌日たる同年三月一一日以降右貸付金の支払済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を為すべきものであつて、結局控訴人の本件請求は理由がありこれを棄却した原判決は失当たるを免れない。よつて本件控訴は理由があるから原判決はこれを取消し控訴人の請求を認容することとして、民事訴訟法第三八六条、第八九条、第九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三上修 梨岡輝彦 柴田孝夫)

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